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武将が愛した仏像 泥足毘沙門天

商品コード : 560-079
価格 : 135,000円(税込)
ポイント : 4,050
数量
 
サイズ
高さ285mm 幅140mm 奥行90mm 重量1890g
素 材
ブロンズ
納 期
3日〜5日

商品番号 560-079
商 品 名 武将が愛した仏像 泥足毘沙門天

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仏師・作家・製造元の紹介

伝統工芸 高岡銅器
伝統工芸 高岡銅器

戦国最強武将の誉れ高い“越後の虎”上杉謙信が信奉した『泥足毘沙門天』降臨!

義に生きた信義の武将 上杉謙信の守護本尊であり、心の支えであった『泥足毘沙門天』が憤怒を秘めた鋭い眼光と他を圧する威容も誇らしく、重厚な青銅を纏いここに降臨!

生涯70戦68勝、勝率実に97%を誇る最強武将 謙信の武運を支えた『泥足毘沙門天』!!

武田信玄と並び戦国屈指の名将とされる上杉謙信。14歳の初陣で武将としての初勝利を挙げ、50年足らずの生涯で実に70回の戦に臨み、負けたとされるのは僅かに2回。勝率97%、この数値は戦国武将の中で他に並ぶ者がない最高の記録であり、これをもって戦国最強の武将は上杉謙信であるとの声は数多に上ります。その神がかり的な武運を支えた力の根源には、謙信の毘沙門天への熱心な信仰があったとされます。

では謙信の念持仏である毘沙門天が何故“泥足”と呼ばれるようになったのか。それは次に述べるエピソードが由来となっています。毘沙門天を篤く信仰する謙信は、越後の居城である春日山城の中に毘沙門丸と呼ばれる聖域を設け、そこに毘沙門堂を建立し毘沙門天の画像や像を祀っていました。その中の一つに高さ30cmあまりの毘沙門天像がありました。

義に厚く、信義にもとる戦いは生涯しなかったとされる謙信でしたが、当時の時代背景や越後を取り巻く情勢は安息を許す暇も無く、謙信は戦に明け暮れる日々を強いられました。そんな中、久方振りに春日山城に帰陣し、すぐさま毘沙門堂へ参拝したところ、堂内には泥で汚れた小さな足跡が点在していました。不思議に思いこの足跡を辿ると、それは堂内に祀ってある毘沙門天像まで続いていたのです。それを見た謙信は「毘沙門天像が我と共に戦ってくださっていた」と歓喜し、それ以来、上杉家中ではこの毘沙門天像を『泥足毘沙門天』と呼ぶようになったのです。

日展作家「村田 宏」の熟練の技で見事に再現された重厚な青銅製『泥足毘沙門天』!

今も謙信の菩提寺に残る『泥足毘沙門天』は青銅製の像です。凛とした形相と重厚な趣を持つ『泥足毘沙門天』は、正式な記録は残されていないものの鎌倉時代の名工の作であったとされます。仏像ワールドではこの逸品を再現するにあたり、素材もまたブロンズ(青銅)を選ぶべきと考えました。そこで、国指定伝統的工芸品の第一次指定を受ける高岡銅器の一流工房に制作を依頼。原型制作は日展作家 村田 宏氏の手に委ねました。約10か月の期間を経て完成したそれは、通常の毘沙門天像とは異なり多宝塔(舎利塔)を持たず、三叉鉾を立て、腰に手をあてる姿勢で邪鬼を踏みしめるという独自性を持つ「泥足毘沙門天」の姿をありのままに再現しています。その威容は、軍神として畏怖された謙信の姿そのものを想起させます。

上杉謙信を愛する人、そして得がたい家の守護本尊としてもお薦めの逸品です。

仏像ワールドの武将が愛した仏像シリーズの第二弾となる『泥足毘沙門天』は、上杉謙信を愛する全ての人に自信を持ってお薦めできる逸品です。仏教では北方の守護神であり、七福神の一神として無病息災と財福の神としても信奉される毘沙門天は、貴家の守護本尊としてお祀りすることで末永い繁栄をもたらす一助となることでしょう。

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